VOL.9-2

大きな狩り場を緻密に囲む巻き狩りのリーダーシップ。静岡編[2/3]

2015年3月9日

さて、翌朝です。詰め所の前に、総勢20名弱のハンターが集合しました。地元、といっても伊豆半島のそこそこ広い範囲からの皆さんに加えて、静岡や清水など駿河湾の向こう側からフェリーで参加の皆さんも、いつもの仲間です。

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中に1台、所沢ナンバーの車があったのは大宮からの常連さんです。もともとは「とび島丸」の釣りのお客さんだったそうですが、いまや海でも山でも仲間になったのだそうです。

そして、そんなバラエティ豊かなメンバーを集めて、朝のミーティングがはじまりました。

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鈴木さん

今日は猟期も最後の日なので、いつもより広い範囲でやるけれど、安全にしっかりお願いします。勢子は私と瀬川さんで、10頭と3頭、両方からイヌを入れますから。じゃあまず◎△◎▽のところは……

……すみません! なにしろ初めての山なので、地名を聞いてもチンプンカンプン(笑。ここはチームの皆さんの指示に従うだけです。

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時おり意見交換を挟みながら、鈴木さんがメンバーの配置をてきぱきと決めていきます。顔なじみとはいえ、さまざまな地域から集まる面々なので、基本はグループ単位の配置です。加えて(これはどこの地方でもあることだと思いますが)静岡県には鈴木さんや望月さんといった同姓の人が多いので、間に「ここは三島のモチヅキさんじゃなくて清水のモチヅキさんな!」といった念押しも入ります。もちろん、個々の技量や銃の種類にも配慮があります。全体的に、かなりきっちりとした細かいミーティングだと感じました。

そして、わたしの持ち場は「電波塔」の二番手になりました。……デンパトウ、って、どこ?

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あいちゃん

それは、鈴木さんの地図を見ればわかるよ。これこれ、ここが電波塔ね。

あり うわ、ちゃんとした地図だ! これ、かなり書き込まれてますよね。

あいちゃん

そうなの。今日の山だけじゃなく、このあたりの猟場は全部こんな書き込みになっていて、いつも鈴木さんが作ってきてくれるんだよ。これ、いつかデータに落としたいと思ってるんだけどね(笑。

あり それ、きっとすごいデータになるよね(笑。

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あり ともかく、付いていくんでよろしくお願いします!

あいちゃん

うん、がんばりましょう!

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ミーティングのあと、各自が受け取った地図を確認して、さあ出発!……と思ったら、集合がかかります。出猟に先立って、鈴木さんから短くお話がありました。内容は、今日の猟場の獲物の種類や大きさ、数などの見切りの感触の話や、タツマの取り方や矢先の確認など、安全の確保について今一度……つまり、ことさら特別な内容ではなかったのですが、それでも、それまで地図を見ながらグループごとにガヤガヤと話していた全員が静まり返って、鈴木さんに注目しています。上手くいえないのですが、なにか……ちゃんとしてる! そう感じた、身の引き締まる瞬間でした。これ、心地よい緊張感です。

今日はシカもイノシシも狙えそうです。さあ、うらうらとよく晴れた西伊豆の山に、出発!

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あり わたしたち5名の班が担当する「電波塔」は、山の中腹に建つNTTの無線中継施設のことでした。定期的に作業車が来るようで、細いながらも整備された林道でアクセスできます。でも、車を降りて歩き出したら、たちまち急斜面! 海と山の近い伊豆半島には、なだらかな山はないようです……。

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あり 電波塔から下って、一番手が埼玉のハンターさん。二番手のわたしは、ここが持ち場です。

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あいちゃん

わたしたち3人はもっと下まで行くけど、このラインの先もよく狙える場所だから、いいポジションを確保してね。じゃ、行ってきま〜す!

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あり あいちゃんたちが下りていったラインと、少し右にある、ちょっとだけ開けたライン。このふたつが、今回のわたしの持ち場での狙い目だそうです。その両方を射線として確保できるように、銃を構えて場所を決めなければ……と、鈴木さんから無線が入りました。

鈴木さん

……そろそろ持ち場に着いたと思うけど……タツの皆さんは、焦る必要はないんで……しっかりと安全を確保して……いいポジションを取ってください……準備が整うまでイヌは放さないから……隣のタツの確認も……

あり タツではプレッシャーがかかるのも当然ですが、この無線で……ちょっと落ち着きました。よし、ここに決めた! 前回の岩手の藤沼さんに習って、小さなイスも持ってきましたよ〜(笑。

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あり そして、準備万端。あとは待つのみ……です。


あり ……長〜いタツになっていますが、どうやら今日は、山の神さまはこちらを向いてくれていないようです。途中で背後に足音を感じて「ハッ!」と思って振り返ったのですが、それは猟犬のサンダー号でした。

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あり どうやら追っていた獲物ごと、反対側の斜面に抜けて、振り切られてしまったようです。ちょっと申し訳なさそうなサンダーくん……。でも、もう一度こちらに追い込もうと、再び臭跡をとらえて猛然と駆け出していきました。頼むよ! 待ってるからね!

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あり 近くを見れば、そこかしこに新しいフンや足跡が。この山、たしかに獲物がいます。無線では、イヌの動きの報告が続きます。あるイヌはシカを、別のイヌはイノシシを追っているようです。こっちに来るかなあ……息をひそめながらも、本当にドキドキします。……と、無線が入りました。

あいちゃん

……シカ4頭……ありちゃんの方に行きました……ここからは距離があって……狙えませんでした……注意して……

あり ……来るかも!!! ……来た! …………行っちゃった…………結局そのシカは、しんがりの1頭が視界の隅をよぎっただけでした。残念!


鈴木さん

……本日はここらで切り上げましょう……タツは脱包お願いします……シカ1頭とイノシシ1頭……搬出は近くの人で連絡を取って……おつかれさま……

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猟期の最終日ということもあって、わたしが経験した巻き狩りとしてはもっとも長時間のタツとなりましたが、ついに発砲のチャンスは訪れず……撤収となりました。このあたりではタツの終了を「タツ明け」と呼んでいるようです。

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行きと違って、猟果のなかったタツからの帰り道は、荷物が重い(笑。でも気を取り直して、解体がんばるぞ!

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獲物のシカを下ろしてくる予定の場所で合流したら、1頭のイヌが帰ってきました。この子は警戒心が強くて、いつも回収に苦労するそうです。今日も遠くからこちらを見ていて、呼んでも近づいて来ない……と思っていたら、なんとあいちゃんの呼び声には素直に反応! すんなりとトラックに乗せることができました。

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あり スッゴ〜イ! あいちゃん、信頼されてるんだね。

あいちゃん

いやあ、そんなに懐いてるわけでもないんだけど……でも昨日も今日も、ちゃんと朝イチであいさつしておいたのがよかったんじゃないかな(笑。

巻き狩りでは、仲間のハンターさんだけでなく、イヌたちとも仲良くなっておくのが大事ですね!


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山から下りたら、ビックリしました……詰め所の前では、もうこの状態です。なんでもイヌを出してすぐ、近くにイノシシを見つけたので、瀬川さんが勢子鉄砲でパンっ!と仕留めたのだそうです。さすがベテラン、参りました。しかもこのイノシシ、そこそこ立派なサイズです。その日の参加者の人数に応じて、それぞれの部位をバランスよく小分けにしていきます。

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わたしたちも、下ろしてきたシカの解体をはじめます。さ、手伝うぞ〜!っと息込んではみたのですが……

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皆さん総出で、しかもパッパッと作業が進むので、大活躍の余地はありませんでした(笑。チーム全体にみなぎるこの手際の良さは、見事です。そして今日のイノシシとシカ、シッカりおすそわけもいただきました。


そんなわけで、残念ながら発砲のチャンスには恵まれませんでしたが、狩猟者登録をした静岡県での猟期は、この日で終了しました。このあと着替えて、田方猟友会の土肥分会……というか、鈴木さんチームの納会があり、わたしもおじゃまさせていただきました。そして、その宴席で……狩猟の神さまにお会いしたんです! 次回をお楽しみに──。


鈴木忠治さん

すずき・ちゅうじ。静岡県田方猟友会会長にして、西伊豆小下田で老舗の釣り船店「とび島丸」を営む。狩猟歴40年、船長歴50年を超える海陸両刀の75歳。