VOL.9-1

駿河湾に船を出し、西伊豆の山を駆ける達人の暮らし。静岡編[1/3]

2015年3月2日

さて、2月。北海道ではすでにシーズンオフですが、全国的には猟期の終盤。この「目指せ!狩りガール」では、今シーズンの最後の狩り場として、静岡県は西伊豆に出かけてきました。出猟は2月15日、まさに猟期の最終日。まずは前日のバレンタインデーに、土肥温泉郷に田方猟友会の会長、鈴木忠治さんを訪ねます。そりゃあ「狩りガール」ですから、チョコレート持参で「天城越え」です。富士山、大きかった!

あり

(そろそろ土肥の温泉町になるはずだけど……あ、これが教えてもらった役場の駐車場だ。電話しなきゃ……)

あり

もしもし、狩りガールのありです。いま駐車場に着きました。

鈴木さん

はいはい、ようこそ。いま詰め所にいるんで、ちょっと迎えに行くから、そこで待っててね。

というわけで最初から御大にご足労をいただいたのですが、待つことしばし……いやあ、ちょっと驚きました。というのは、鈴木さんの愛車です。勝手に軽トラックみたいなのを想像していたのですが、現れたのは堂々たるピックアップ! トヨタの名車「ハイラックス」ですが、後部座席もある仕様で、まるでアメリカ車の雰囲気です。なんか……かっこいい! そしてそのピックアップから、実にダンディな達人が下りてきました。

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鈴木さん

よく来たね。今日の狩りから帰って、みんなまだ詰め所にいるから、まずは紹介するよ。じゃ、後ろを付いてきて。

あり

はい、よろしくお願いします!

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詰め所、といわれて「猟友会の事務所かな?」とも思ったのですが、案内されたのは立派な小屋。小屋に「立派な」というのも変ですが、これはもう狩猟小屋ではなく、まさに「詰め所」でした。中には水場や冷蔵庫に加えて、薪ストーブも完備です。そしてこの日の猟に参加した、明日の最終日もご一緒させていただく皆さんが、待っていてくれました。

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あり

皆さんはじめまして、ありです。明日はどうぞよろしくお願いいたします! ……それにしても皆さん、連日の出猟なんですね。やっぱりシーズンも終わりということで……

鈴木さん

ここはね、人が集まったら平日でも出猟するんだよ。ほら、このカレンダーに書き込んでるんだけど……今日は土曜で大人数で出猟したけど、昨日の金曜も朝から出たよ。

あり

ホントだ! 猟期の間はずっとそんな感じなんですね。……でも、皆さんお近くなんですか?

鈴木さん

いや、今日と明日のメンバーでも、地元のほかに清水や静岡からの参加もあるし、埼玉から来てる人もいるね。

あり

平日でも人手が確保できるって、すごいことですよね。それだけこのチームが楽しい、ってことですよね!

鈴木さん

ま、いろんなところからいろんな人が集まってきてる、ってことだな。平日しか休みが取れないメンバーもいるからね。明日は最終日だから、猟が終わってから納会なんだけど、週末が休めないから猟には出られなくて、それでも納会だけはちゃんと来る、って人もいるね。

あり

それ、鈴木さんはリーダーとして、基本的には全部の猟に出ていらっしゃると思うんですけど、準備とかたいへんなんじゃないんですか?

鈴木さん

まあ長く見ている山だからね。それよりも、イヌの問題があって、猟に出ない曜日もあるんだ。

あり

イヌの問題?

鈴木さん

ここでお世話になっている獣医の先生が松崎にいるんだけど、その動物病院の休診日は猟に出ないようにしてるんだ。巻き狩りだとイヌがケガをすることもあるんだけど、やっぱり素人の治療では回復に時間がかかるんだなあ。ちょっと前にもイヌのケガがあって、まあ浅い傷だから大丈夫かな、と自分らで洗って縫ったんだけど、治りが悪くてね……そのイヌ、まだ休んでるよ。それが獣医さんだと、傷の中までしっかり処置して、パパッと縫ってくれて、あっという間に治るんだよなあ。

あり

なるほど〜。それは重要なポイントですね。

鈴木さん

あ、そういえば……こちらがウチの狩りガールの、あいちゃんね。この人も地元じゃないんだけど、狩猟サミットで会ってるでしょ? ありちゃんは北海道の西興部でデビュー戦の猟果があったそうだけど、あいちゃんもウチに来て2回目の猟で、見事に60キロくらいのイノシシを仕留めてるんだよ。今日も1頭、撃てたしね。

あり

はい、お会いしてます! どうもごぶさたしてます。猟果、すごいですね!

あいちゃん

明日もがんばりますよ〜! よろしくお願いします。

あり

それにしてもいろんなところから集まっていらっしゃるんですね。その皆さんが田方猟友会の所属……というわけではないんですよね?

鈴木さんが会長を務める田方猟友会は、静岡県猟友会の支部のひとつです。が、実は静岡県猟友会には、支部が13しかありません。田方猟友会は伊東市、伊豆市、伊豆の国市、熱海市、函南町、三島市が管轄で、これは地図で見るとわかるのですが、かなりの広さ。ちなみに静岡県猟友会の構成員数としては約3600人なので、ひとつひとつの支部の規模が大きいことがわかります。そのため、実際の猟の現場では分会を単位として出猟するのが基本です。

鈴木さん

そもそもここは田方猟友会の中の土肥分会になるんだけど、土肥の分会としては、いまはそう人数がいないんだよ。私が狩猟をはじめたころには、80人か、もうちょっといたんだけどねえ……。でも、その代わりに遠くからも仲間が集まってきてくれているんだよ。ま、ありちゃんの紹介もできたし、明日も早いから、みんなはここらで解散としようか。明日の最終日も、安全に、楽しく、よろしくたのむよ。

というわけで皆さん解散となり、鈴木さんと、最古参の瀬川さんにお付き合いいただいて、もう少しお話をうかがいました。瀬川さんの家は詰め所の向かいで、ここはまあ「瀬川小屋」ということのようです。

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あり

あの……実は来る前にちょっと西伊豆の狩猟のことを予習していたら、鈴木さんが大船長だった、という記事を見つけたんですけど……

鈴木さん

あはは、そうだよ。元々、じゃなくて、いまも船長だよ。釣り船を出していてね。

あり

そうなんだ! それ、海の漁師と山の猟師と、どちらが先だったんですか?

鈴木さん

いや、別に漁師だったわけじゃなく、若いときに釣り船をはじめてね……創業者、ってことだな(笑。このあたりでは釣り船を出してる店なんてなかったから、珍しかったんだよ。最初は釣り客を磯に連れて行く渡船からだったんだけど、櫓も漕げない人間が釣り船なんかはじめたんだから、大胆もいいところでね(笑。そのあと、昭和57年には沖釣りの船も出すようになったんだけど、それが西伊豆で初めての、釣りの「乗り合い船」でね。

あり

それはちょっと……たしかに大胆ですね(笑。なんでそんなことになったんですか?

鈴木さん

実は中学3年のときに体を壊してね、1年も休学して、中学3年を落第したんだ(笑。それからも、あんまり体は強くならなくて……。親父は早くに亡くしてたから、お袋といっしょにうちの畑と、姉の家の畑と、それから役所の仕事なんかもしたんだけど、まあずっと農業を続けるのも難しいなあ、と考えてたところに、東京から釣りに来たお客さんに会って「このへんに渡し船がないのはオレたち困るから、お前ひとつやったらどうだ?」といわれてね。

あり

体が弱くて……なんて、ちょっと信じられないくらいお若いんですけど(笑。陸での狩猟はいつごろからはじめられたんですか?

鈴木さん

あれは……35歳くらいだなあ。昭和50年だから……ちょっと計算してみて(笑。

あり

1975年だから……狩猟歴40年目ですね。

鈴木さん

銃を持ったのが昭和49年で、翌年から猟をはじめたんだ。というのもね、海に来る船のお客さんの中に、冬場は竿と、銃と、両方を持ってくる人がけっこういたんだよ。西高東低な冬型の気圧配置になって、日本海側で雪が降ってるとき、このあたりでは西のからっ風が強くなって、海に出られなくなるんだ。いまと違って、そのころは天気予報も当てにならならなかったから、お客さんが「ひょっとすると船が出ないかも……」と、鉄砲も持ってきてたんだ。それで「オヤジも鉄砲を持てよ。いっしょに行こうぜ」とね。いまは大きな釣り船は息子たちが出しているけど、自分でもまだ乗ってるよ。はじめたのが早かったこともあって、そこそこ知られていて、人気なんだよウチの船は(笑。

あり

すごい! 海の漁と、山の猟と、両方なんですね。かっこいいなあ。

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あり

それにしても、鈴木さんが狩猟をはじめたころから、土肥のハンターさんってずいぶんと減っちゃってるんですね。

鈴木さん

いまは、土肥の分会としては……10人くらいか?

瀬川さん

そうだなあ。オレらがいちばん上なんだが、その下がいないんだよなあ。オレなんか77歳で、いつの間にかこのグループでいちばんの年上になっちゃったね。もうシーラカンスだよ(笑。

あり

でも、狩猟者の皆さんって、本当にお元気ですよね。山で付いていくのが大変なこともあるし(笑。

鈴木さん

明日の山は、最後の日なんでちょっと広めに囲もうと思ってるんだ。たいへんだけど人数もいるから、まあがんばってやりましょう。私と瀬川さんでイヌを出して勢子をやるんで、ありちゃんもタツを頼むね。

あり

はい、がんばります!

鈴木さん

じゃ、今日は土肥の温泉に浸かって、しっかり休んでね。

終始にこやかにお話を聞かせていただいた鈴木さんですが、狩猟仲間の間では、通称「伊豆のオオカミ」なのだそうです。で、そのオオカミの厳しいところが、翌朝の作戦会議でよくわかりました。詳しくは、次回!


鈴木忠治さん

すずき・ちゅうじ。静岡県田方猟友会会長にして、西伊豆小下田で老舗の釣り船店「とび島丸」を営む。狩猟歴40年、船長歴50年を超える海陸両刀の75歳。