VOL.8-3

ここ数年で激増中! 花巻のシカ、いまとむかし。[岩手編:3/3]

2015年2月23日

さてさて、今回の岩手・花巻での巻き狩りの見学でいちばん印象的だったのは、獲物が多かったことでした。とはいっても残念ながら、実際にシカと遭遇したわけではなかったのですが……それでもこの日、5頭の猟果があったことには驚きました。雪が止んで青空が冴え渡る花巻の山は、とても静かに見えますが、この山にシカがあんなにいるなんて……岩手のシカ事情、いったいどうなっているのでしょうか?

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あり

このあたりって、昔からこんなにシカがいたんですか?

藤沼さん

いや、いなかったんだよ。岩手はホンシュウジカの北限になるんだけど、その北限のシカが絶滅の危機だっていうことで、シカ猟にイヌを使うのが禁止になっているくらいだからね。

あり

それが、いまやこんなに増えちゃったんだ……。

藤沼さん

本当に「増えたなあ」と感じるようになったのは、ここ数年かな。それまでもじわじわと増えてはいて、花巻市が条例で「有害鳥獣対策実施隊」を設置する前から、花巻猟友会として「有害鳥獣駆除隊」を組織して個体数の調整にあたっていたんだけど、本当にここ2〜3年は、獲っても獲ってもシカが出てくるね。

このお話、被害額としてどんな感じなのかも気になったので、帰ってから調べてみました。農林水産省の最新のデータによれば、平成25年度の全国の有害鳥獣被害額は、久しぶりに200億円を下回って199億900万円でした。前年からは30億円以上の減少です。これ、全国で展開されている有害鳥獣対策が、それなりに効果を発揮しているということだと思います。

ところが、その有害鳥獣被害額の中でシカ被害が占める割合は、かなり大きくなってきているんです。平成15年度には全体の19.8%だったのが、平成20年度には29.2%となり、平成25年度では、なんと37.9%……。農林水産省が統計をまとめはじめた平成11年からの、過去最高の割合です。

全国の鳥獣被害に占めるシカ被害の割合_v2

そして、北海道を筆頭に並ぶ全国の被害額のリストの中では、同じ東北では山形県、他にも長野県や兵庫県、福岡県、宮崎県など岩手県よりも大きな被害を受けている地域がありますが、シカ被害に関しては、北海道に次いで岩手県の被害額が大きくなっていました。

被害面積や被害量の数字で見るとまた違った視点もあるのかもしれませんが、少なくともホンシュウジカ最大の被害県は岩手県、ということになるようです。いやはや、困ったもんです……。

あり

それで駆除も年間を通じて、になっているわけですね。

藤沼さん

それはそれでちゃんと取り組んでいかなければならないんだけど、雪も深いし倒木も多いし、いろいろとたいへんなんだよ。

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そんな話をしていると、まさに倒木が! 車で回収に向かっていたのですが、これでは先に進めません……。

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……ということで、チェーンソーの出番です。有害鳥獣対策としては、手間のかかる山だからといって、そのエリアを避けてばかりもいられないわけです。

あり

むかしはもっとのんびりと猟を楽しんでいた感じだったんですか?

藤沼さん

のんびりというか、かつてはここに管理猟区があってね、みんなそこに料金を払って出猟して、数少ない獲物を分け合った……というか、取り合ったもんだったよ。それに、猟期の初日を待ちきれずに山でキャンプして、解禁日の日の出を待って出かけたりする人もいてね(笑。

あり

うわ! それ、いまはずいぶん違いますね。

藤沼さん

それでね……ちょっとワクワクする刺激が薄れたというか、一年を通じてシカを追い続けているわけで、狩猟者の感覚にも違いが出てきて、ってことも、あるんだよねえ……。

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あり

メリハリがなくなった、ってことですか?

藤沼さん

たくさん獲るようになるとね、肉のありがたみが薄れてきたりもするでしょ? でも、絶対に粗末にしちゃいけないんだよ。特に、獲物が少なかったころを、管理猟区で取り合いのジャンケンをしたような時代を知るベテランの狩猟者こそね。山の恵みを粗末にしていたら、山の神さまはそれを見逃しはしない。絶対に叱られるんだよ(笑。だから、みんなが「ウチはもういいや」といっても、ぼくは残さず持って帰る。自分たちで食べるのに多すぎれば、知り合いに送ったりしてね、ムダにもゴミにもしたくないんだ。

あり

それ、とても大切なことですね。

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そうこうしているうちに、また1頭。本当にシカがたくさんいるんです。これ、有効利用しないのはもったいない!

藤沼さん

いまね、岩手県でもシカの食肉利用のためのガイドラインを策定中なんだ。それが整備されると、もっと積極的に有効利用できるようになると思うんだけどね。

あり

資源として考えていく、ということですね?

藤沼さん

そうだね。で、そのためのデータ収集ということもあって、駆除の個体から下あごと腎臓を収集して、サンプルとして県に送っているんだよ。

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藤沼さん

下あごは個体の年齢を、腎臓は健康状態を調べるわけだね。それに、個体ごとの下肢の長さと胴回りを計測して、データで提出しているんだ。

あり

なるほど〜。ちょっと手間ではあるけれど、将来の有効利用に向けて必要な準備なんですね。

藤沼さん

山の恵みは、大事にしないとね。

あり

はい、今日の獲物も美味しくいただきます!

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巻き狩りチームが解散した帰り道にも、しばしば車を止めては無線で連絡を取り合い、日没まで駆除の体制は続きます。これが通年……というのは、たしかに負担が大きいかもしれません。でも、それもまた「山と向き合う」ということなんだ、と感じました。


藤沼弘文さん

ふじぬま・ひろふみ。岩手県花巻猟友会会長、花巻市有害鳥獣対策実施隊隊長、そして2013年に立ち上げた「狩猟学校」校長として、2度のオフシーズンで12名の狩猟者を誕生させた。67歳。