岩手県花巻市──宮沢賢治の愛したイーハトーブのまちに、藤沼弘文さんを訪ねます。花巻猟友会の会長として、また花巻市有害鳥獣対策実施隊の隊長として、複数の会社を経営する社長業のかたわらライフル片手に忙しい藤沼さんですが、実は今回お会いしたいと思ったのは、校長先生として。2013年に設立したNPO法人「花巻市射撃場・施設管理総合支援機構」は花巻市クレー射撃場の管理運営を請け負う組織ですが、その射撃場をメインの教室として、藤沼さんは全国で初めての「狩猟学校」をスタートさせた人なんです。わたしたちが次世代の狩猟者としてきちんとやっていけるように……という想いは、この「目指せ!狩りガール」と同じです!
そんなわけで、東北新幹線で一路、新花巻へ。トンネルを抜けると、そこは……雪国でした!
よく来たねえ! 防寒、ちゃんとしてきた? 今日は日中もマイナス5℃くらいだったからね、明日はもっと冷えるよ。宿は花巻温泉に取っといたから、ま、とりあえずラーメンでも行こうか(笑。
はじめまして! あの……はい、ラーメン、行きます!
……というわけで、新花巻駅に迎えにきていただいたのですが、のっけからグイグイと巻き込まれていく感じです。なんだか、強烈に人を引き付ける磁石のような人でした。
あの、今回は藤沼さんがはじめられた「狩猟学校」について、いろいろとお話をうかがいたいと思っていまして……
あ、明日も卒業生の女の子が来るから、話は聞けるよ。集合が8時なんで、ホテルに迎えに行くから、朝7時15分ね。あのホテル、朝食は7時からなんだけど、6時45分で頼んでおいたから、しっかり食べておいてね。
……はい……え〜っと、巻き狩り……ですよね? イヌは使わないんですか?
岩手のシカ猟は、イヌは禁止なんだよ。ここらはホンシュウジカの北限になるんで、乱獲を防止して保護しようということで、1950年代の半ばにイヌが禁止になっててね。だから勢子は人間だけで、声や動きで獲物を追い立てたり、ときには爆竹みたいな音の出る花火をオドシに使うんだ。
へえ〜、イヌが禁止だなんて知りませんでした! でも、勢子がハンターさんだけだなんて……雪の中を走るんですか???
いやいや、走らないよ(笑。じわじわと追いつめる感じだね。そもそも岩手じゃ人数をかけた巻き狩りを続けてきた地域はごくわずかで、明日のメンバーは本格的な巻き狩りができる唯一のチーム、かな。ま、とにかくそれを見てもらって、卒業生に「狩猟学校」のこと聞いてもらって……とりあえず温泉に入って、しっかり休んで、明日は早起きでね! じゃ、おやすみ!
嵐のような「ハジメマシテ」が過ぎて、もうすっかり素直な生徒の気分です(笑。それにしても雪、深そうだなあ……と思いつつ、翌朝を迎えました。
ありちゃん、おはよう! これがいつものメンバーで、今日も実施隊として猟に出るから、ありちゃんもこのベスト着てね。で、こちらが「狩猟学校」卒業生の、よっちゃん。5年目だから、少し先輩だね。
はじめまして、ありです。今日はごいっしょさせていただきますので、よろしくお願いします!
5年目とはいっても、まだまだ新米なんで、こちらこそよろしくお願いします。
じゃ、よっちゃんとありちゃんはいっしょにタツに入ってね。尾根を境に表がAで、裏がB。それぞれ上から1、2、3なんだけど、ふたりはB2でお願いします。
了解です!
というわけで、わたしも特別に「花巻市有害鳥獣対策実施隊」のベストをお借りして、いっしょに山に入ります。
猟場に着くと、それまでのにこやかな印象とはガラリと変わって、ベテラン狩猟者の厳しい表情を見せる藤沼さん。北国の寒さと相まって、ピリリと身が引き締まります。
少し登ると積雪はしっかり50センチ。今日はカンジキまでは必要ない、とのことでしたが、斜面も急で、慣れていないと深い雪を歩くのは、なかなか大変です。スパッツしておいてよかった!
もうここからは静かに、ね。ぼくは着るものもカシャカシャと音の出ないものにしたいから、山に入ると薄着になるんだよ(笑。ゆっくりでいいからね、静かに、静かに、静かに……。
20分ほど登ったでしょうか……わたしたちの持ち場であるB2のエリアに着きました。今回わたしは手ぶらですが、タツのよっちゃんは、まずカバーを外して銃のチェック。銃腔内に異常のないことを確認して、静かに準備を進めます。
ほどなく藤沼さんもB1に到着。それほど遠くはないので、見上げれば小さく姿が確認できますが、木立が密なので見通しは利きません。それに、車を降りてからそれほど歩いてもいないのに、もう何も聞こえない静寂の雪山。わずかな物音でもシカに聞かれてしまいそうで、ザックを下ろすのも斜面に座るのも、ほんとうにそろり、そろり……という感じです。
藤沼さん、持ち場に着いたらまず銃を構えて、射線の確認です。矢先の見通しが確保できる場所を探して、座る場所を決めるわけです。その間、本当に物音ひとつ立てないのは、さすがです。
ともあれ、よっちゃんの準備も整い、わたしたちも待機に入ります。今日はイヌの声もありませんから、イヤフォンから聞こえてくる勢子の無線が頼りです。オドシに爆竹を使うこともある、との話でしたが、雪に吸われて聞こえてはこないでしょう。幸いなことに風のない日でしたが、思い出したようにチラつく雪が、しんしんとしみ込む寒さを運んできます。遠くで小さな発砲音が聞こえましたが、仕留めたのでしょうか……。
ささやくような小声でしたが、よっちゃんと話す時間はたっぷりとありました(笑。
よっちゃんは狩猟5年目ということだけど、もう「狩猟学校」って5年もやってたの?
いや、まだ「狩猟学校」は2年しかやってないけど、その前に「藤沼塾」みたいな感じで、声をかけてもらったんだ。というか、最初は「鉄砲やるか?」と誘われて、すっかり競技射撃だと思って、所持許可も「クレー射撃など」で申請したんだ。それで許可が下りたのを報告したら「お、なんで狩猟免許は取ってないんだ?」って笑われて……。
銃が先だったんだ(笑。
もともとジビエとか、狩猟とか、ぜんぜん知らなかったからね〜。ま、それで狩猟者になる前に射撃場に通う時間はできたんだけど、狩猟免許を取ってからは、よく連れて行ってもらってるんだ。
よっちゃんは実施隊としても活動してるんだよね?
一般的には実施隊って、3年くらい経験のある狩猟者で構成する地域が多いんだけど、花巻市の場合は隊長である藤沼さんの考えもあって、新人でも実施隊に同行させて、現場でいろいろと勉強させたほうがいい、ということで、新人でも参加させているの。シカのほかにもカラスなんかは駆除対象なんだけど、カラスはある程度の人数で囲い込んでいかないと、駆除できないしね。
なるほどね〜。
で、2年前に藤沼さんが「狩猟学校」を立ち上げて、わたしはもう狩猟者として活動してたんだけど、まあ新米ということで「狩猟学校」に入ったんだ(笑。
藤沼さんのNPOが運営してる、市の射撃場が教室なんだよね?
そう……なんだけど、雪の季節は射撃場も閉まってるし、猟期もまだ少しあるし、次の「狩猟学校」は猟期が終わってからまた開催するみたいだよ。
それ、来てみようかな……。
ぜひぜひ、そのときは声かけてね。
ふと気がつくと、時おり藤沼さんが立ち上がっています。同じ姿勢でずっと座っていると体の感覚も鈍ってきますが、歩き回ることはできなくても、しばらく立っているだけでリフレッシュ、というわけです。さすがベテラン……と思っていたら、立ち上がったお尻の下に小さな折りたたみのイスを発見! わずか10センチほどの空間でも、ペタンと雪に座っているのとは大違いです! これぞ達人の知恵、次は必ず持ってくるぞ(笑。
およそ2時間半ほどたったでしょうか……藤沼さんが振り向いて、無線ではなく「あっちで獲れちゃったよ」と苦笑いで声をかけてくれました。今日のこの持ち場は、これで終了です。どうやら猟果は2頭のようですが、爆竹どころか発砲音も、最初の1発がうっすらと聞こえただけ。無線の交信もほとんどなく、わたしの経験した巻き狩りとは、だいぶ勝手が違いました。ともあれ、これから山を下りて車で尾根の反対側に回り、皆さんと合流して獲物の回収です。はじめて参加した雪国の巻き狩りは、静かに終わりました。
こっちに来なくて、残念だったね。さ、回収に行くよ。そのあと解体だけど、やってみる?
ぜひぜひ! 解体も修行中なんで、させてください。
はいよ、教えるよ〜。
さすがに「狩猟学校」の藤沼先生、現場での特別講義として、いろいろと教えていただけそうです。さて、回収、回収!
ふじぬま・ひろふみ。岩手県花巻猟友会会長、花巻市有害鳥獣対策実施隊隊長、そして2013年に立ち上げた「狩猟学校」校長として、2度のオフシーズンで12名の狩猟者を誕生させた。67歳。