VOL.5-2

1日1頭の猟果を「ていねいに」狙うということ。[北海道編:2/4]

2014年12月8日

さて、北海道は日高の狩猟の見学、2日目の朝は早起きです。この季節では日の出の時刻も6時半ごろになりますが、できればそのタイミングまでに、獲物のいそうな場所にはにあたりを付けておきたいわけです。なので、準備万端を整えて、5時半には出発! 果たして〈達人〉と〈狩りガール〉は、エゾシカに出会えるのでしょうか……?


あり

おはようございます! さすがにまだ真っ暗ですね。それに、寒い……。今朝はどんな感じで回るんですか?

[鍋澤さん]

夜のうちに出てきたシカが、歩いているからね。それが山に戻るところを、ちょっと歩いて探してみよう。足跡もあるしね。

あり

忍び猟、ですね。よろしくお願いします。

忍び猟……山を歩いて探す猟法で、獲物の痕跡を見つけても追い立てて走らせるのではなく、居場所に見当をつけて静かに回り込み、狙えるところに出て仕留めます。音や臭いで気づかれるのを避けるため、ときには歩きやすいルートを捨てて斜面を四つん這いに登って行くのが本州での「忍び猟」ですが、こちらは広大な北海道のハナシ。山に帰るシカの通り道になっているポイントへはクルマで向かい、ひとしきり歩いて探したら、また次のポイントへクルマで移動します。なにしろ北の大地、いろいろとスケールが違います。

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いまは使われていない牧場の中で、遠くにシカの姿を見つけた鍋澤さん。しかし、狙いをつける前にシカは動いて、見えなくなってしまいました。

あり

(クルマを停めてからそんなに歩いていないのに、すごく静か……。こりゃカシャカシャ音を立ててたら、すぐにシカたちに聞かれちゃうなあ……。)

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[鍋澤さん]

足跡があるね。中に霜がないから、今朝のだな。

あり

ホントだ! でも、不思議ですね……。ここ、人もクルマも通る道なのに、何頭も同じところを通ってる……。シカも歩きやすいのが好きなのかなあ……?

[鍋澤さん]

それにしても、いないなあ……。クルマに戻って、また別のところにいってみようか……。

何か所かポイントを変えて歩いてみましたが、残念ながら獲物は見えず。そこで、次はクルマで山に入ってみることにしました。北海道森林管理局、日高南部森林管理署の作業区域です。

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[鍋澤さん]

ふだんはこの奥で森林管理署が作業してるから関係者のほかは立入禁止で、だからこのゲートも鍵がかかってるんだけど、今日は日曜日で作業がないからね。ダイヤル錠の番号は、地域のハンターが登録して教えてもらうんだよ。

あり

なるほど〜。シカにとっても、あまり人と接することがなくて安心な場所、ということですね。

[鍋澤さん]

そうだね。よし、開いた。ウチのクルマを通したら、またちゃんとゲートを閉めるから、ちょっと待っててね。

……というわけで、クルマは林道……というか、かなりデコボコした未舗装のジャリ道を、ゆっくりと上っていきます。かれこれ30分ほど、もう周囲に人の気配はまったくありません。右は斜面、左は崖。窓を開けて、木立の中に目を凝らしていると……

[鍋澤さん]

あ!

あり

え?

突然、前方に1頭のエゾシカが姿を見せました。クルマが停まり……と思ってからが、速かった! 助手席のドアを開けた鍋澤さんが外に立つと、次の瞬間には……

パーーーン!

クルマから滑り出て、木陰に立ったと思ったら……その間、およそ3秒ほどでしょうか。もちろん車内では脱包していましたが、いつ獲物が現れてもいいように、弾倉はずっと手の中に。視界に入ってきたクルマをシカが見ている間に、迷うことなく狙いをつけて、一撃の勝負。距離は50メートルほど、着弾点はのどでした。

[鍋澤さん]

じゃ、回収しようか。まず放血しないとね。

あり

……速かったですね……すごい……。

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頸動脈にナイフを入れて速やかに放血すると、クルマに積んで、また次の獲物を目指します。

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……が、このあと2頭ほど見つけてチャレンジしてみましたが、逃げ足が速くて発砲のチャンスには恵まれず、切り上げて帰ることにしました。それでもゼロではなく「猟果アリ」です。鍋澤さんの表情も、心なしか穏やかに見えます。


処理場の搬入口で獲物を下ろすと、鍋澤さんが赤いスプレー缶を持ってきました。

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[鍋澤さん]

34の9、と。

あり

なんですか、それ?

[鍋澤さん]

駆除の個体管理だよ。34がオレの番号で、今月の9頭目ということ。

あり

今日は16日ですよね? 獲れないとはいっても、2日に1頭のペースでは獲ってる、ってことですね! 

[鍋澤さん]

うーん……本当は1日1頭のペースにしたいんだけどね。今月はここまで達成できてないけど、ときどき群れを狙えるチャンスがあるから、そこで複数の獲物を確保して帳尻を合わせている感じかなあ。仕事としてシカを獲って、それを食肉として扱っていくとなると、そのくらいのノルマが守れないとビジネスにはならないからね。もちろんその獲物が美味しい肉に……ウチの場合は熟成肉として仕上げられるのが条件だから、乱暴に撃ってちゃ数があってもダメなんだ。だからていねいに撃って、1日1頭をクリアしないと……。

あり

おおお〜、それはたいへんだ。……あれ、耳と尻尾も塗ってますね。

[鍋澤さん]

この地域では胴体の番号で管理してるんだけど、よそでは耳や尻尾だけでも駆除の申請ができることもあるでしょ? だから、不心得な流用が起きないように、耳と尻尾も赤く塗っとくんだよ。

あり

なるほど〜。


このあと、解体処理の様子を見学したり、事業としてのお話をうかがったり、お昼ごはんをいただいたり(美味しかった!)したあとで、また夕方の出猟に同行させていただきました。今回の実猟の見学としては、これが最後のチャンスです。

[鍋澤さん]

さ、出かけるよ。

あり

はい! 見つけますよ〜、こんどは!

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……とはいったものの、またも流し猟では発見できず。クルマを停めて、歩いてみました。

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あり

(それにしても、北海道の山はなだらかだなあ……。私の知ってる本州の猟場とは、景色が違う。)

あり

(見通しが、すごい……ってことは、シカからもよく見られちゃうし聞かれちゃうってことなんだよなあ……。)

あり

(でも、いないなあ、シカ……。エゾシカは減ってはいないと聞くけれど、どうなんだろ……? こんな条件でコンスタントな猟果を確保し続けるのって、よほど技術が高くないと、ダメだよなあ……。)

鍋澤さん、かなりの遠距離にシカらしき姿を見つけたようでしたが……スコープでのぞいてみると、残念ながらシカではありませんでした。

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[鍋澤さん]

……うーん、いなかったね。もう日没なんで、帰りましょう。残念だったね〜。

あり

いえいえ、なんか天気もよかったし、ドキドキしながら歩いて、楽しかったです。いい経験ができました!

[鍋澤さん]

まあ、毎日やってるからね。また見に来てください。

あり

はい、ありがとうございます!


あり

……というわけで、北海道は日高の達人ハンター、鍋澤さんとの狩猟同行は、猟果1頭という結果でした。見事な射撃で仕留められた獲物は、いまごろ熟成庫の中で、静かに育っていることでしょう。日本の中でも北海道は、やっぱり地形も猟の感覚も、スケールが違いました。勉強になったなあ……。

あり

で、次回は鍋澤さんの「射撃の哲学」について、少しだけご紹介します。正直なところわからないことばかりでしたが……次回までにちゃんと復習しておきますからね! ではでは、では……。


鍋澤正志さん

なべさわ・まさし。日本初となるエゾシカ専門の食肉処理会社「北海道食美樂」創業メンバーとして、フルタイムで猟に出るミートハンター。食肉のプロとして射撃を極める64歳。