VOL.5-3

大口径はいらない──遠距離精密射撃の哲学。[北海道編:3/4]

2014年12月15日

2日間にわたって同行させていただいた狩猟の合間に、鍋澤さんが銃をメインテナンスするということで、その様子を見学しながら、あれこれと質問させていただきました。新米ハンターにとっては、ライフル銃なんて10年も先のことではありますが、獲物を「撃つ」という行為そのものについては、いろいろと興味深いお話がうかがえました。……というわけで、今回はちょっとカタい「ハードウェア」の話題です。


あり

これ、鍋澤さんがお使いのライフル銃なんですね。猟場で手にしてらっしゃるのと違って、部屋の中で改めて見ると……木目も明るいし、銃身がシルバーで、きれいですね!

[鍋澤さん]

ステンレスの銃身だからね。それに、これは6ミリ口径なんだけど、銃身が肉厚なんだよ。そのままだと重いから、銃身の外側を少し削って軽量化した設計になっているんだけど、それでもバランスは前が重くなってるね。フィンランドの「サコ」って銃で、よくできてるんだよ。

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[編注]狩猟大国でもある北欧フィンランドで、長年にわたって質実剛健な実用の銃器を作ってきた「サコ」は代表的な小銃メーカーのひとつ。鍋澤さんの愛銃はさまざまにカスタマイズされているが、標準仕様では日本国内での販売価格が50万円ほどで、これは輸入元の日邦工業いわく「精度の高さに対してたいへんフェアな価格設定」とのこと。現在はイタリアの「ベレッタ」の傘下となっている。
あり

6ミリ口径って……でも銃身は散弾銃みたいで、すごく太いですよね。……あれ、小さな穴が開いてる! 口径は6ミリだけど、銃身の太さは20ミリくらいありますね。

[鍋澤さん]

ステンレスの分厚い銃身で、精度が高いんだ。それに銃身に重量があるから、発砲したときの反動も小さい。精密射撃にはこのタイプがいちばんだと思うよ。

あり

この2本の脚は、伏射のときに使うんですね。

[鍋澤さん]

そう、バイポッドっていうんだけど、ふだんはたたんでおいて、伏せて狙うときにカチャっと出すの。この短いタイプがいいんだよ。それに、実はこれが銃床に対して完全な固定ではなくて、少しだけ動くようになってるんだ。

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あり

へえ〜。じゃあ、それで構えてからも狙いが変えられるんですね!

[鍋澤さん]

いや……変えるといっても、ほんの少しだけどね。自分の体の位置を変えるほどではなくて、こうやって構えて……

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[鍋澤さん]

……銃床のお尻のところを左手の拳に乗せて、それをちょっとだけ動かすの。なにしろ狙うのが200メートルとか300メートルとか先の獲物だから、そのわずかな動きで十分に狙いは調整できるし、それ以上に狙いを変えるのなら、構えるところからやり直しだね。こうやって、抱え込まずに手の上に乗せて、静かに引き金を引く……この銃には「シングルセットトリガー」という機構があって、狙いをつけたらボルト操作でトリガープルを軽くすることができる。もう、触れれば落ちるくらいにね。それがいちばん精密な射撃ができる方法だし、その感覚をいつも同じにしておきたいから、右手には夏も冬も同じ手袋を使うんだよ。

[編注]シングルセットトリガーについての機構的な説明は省略するが、アクション映画などのファンの人は、ダブルアクションの拳銃の撃鉄を起こしてシングルアクションで撃つようなイメージが理解しやすいだろう。もちろん逆のボルト操作で、通常のトリガーアクションに復帰させることもできる。また、サコの銃では発砲を中止した場合、セイフティをかけてからのボルト操作で薬室の実包を取り出すことができ、安全性が高い。
あり

なるほど〜。それもまた北海道ならではのお話ですね。本州の巻き狩りなんかだと、やっぱり銃を動かして矢先を振らないと獲物を追えないですからね。

[鍋澤さん]

もちろん立って撃つこともあるわけだけど、どうしても長距離の伏射が基本になるよね、エゾシカの場合は。

あり

それでスコープも倍率が高くて、大きなものが必要になるんですか?

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[鍋澤さん]

倍率も必要ではあるんだけど、このスコープはレーザー距離計を内蔵していて、ボタンを押して獲物までの距離を計ったら、それに合わせて弾道のドロップの量を計算してくれるんだ。で、ドットサイトが動いて、それを合わせて撃てばいいようになっててね、便利なんだよ。

あり

すごーーーーい!

[鍋澤さん]

机の上にあるのが前に使っていたスコープで、まあこれはふつうのスコープだったんだけど、最近はシカがずいぶんと遠くなっちゃったからねえ(笑。

[編注]ドロップとは、発射された弾丸が放物線を描き、長い射程の先で狙点よりも下に着弾すること。500メートル級の射程の場合、弾の種類によって数字は変わるが、口径6ミリでは30センチから50センチほど「ドロップ」することになる。
あり

うーん、やっぱり散弾銃とは世界が違いますねえ。10年か……。でも鍋澤さん、それにしても弾が小さいな、と思っているんですが、ライフル銃ってそういうものなんですか? わたしがふだん散弾やスラッグ弾ばかり見ているから、そう感じるんでしょうか……?

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[鍋澤さん]

いや、これはライフル銃の実包としても、小さいんだよ。.243ウィンチェスターという弾で、弾頭のサイズは6.2ミリだね。それを手詰めして使っているんだけど、火薬量もいろいろ試して、いまは41.5グレインで使ってるんだ。エゾシカの狩猟には、これがベストだと思うんだよね。

[編注]日本国内での狩猟では、ライフル銃の口径が5.9ミリ以下のものは使用できない。つまり.243ウィンチェスター弾は鳥獣保護法で認められた「もっとも小口径のライフル弾」のひとつということになる。同法の定める最大口径は10.5ミリだが、一般には口径7.6ミリの.308ウィンチェスター弾などがよく使われる。さらに、ファクトリーロードといわれる工場生産の規格品としての.243ウィンチェスター弾では、85グレイン程度の弾頭重量に対して、52グレインほどの火薬量であることが多い。その意味では、鍋澤さんが手詰めする実包は、ライフル弾としては威力を押さえた実包だといえる。ちなみに、写真の左が手詰めの実包で、真鍮の薬莢に銅の弾頭を使っている。右は、弾倉の次弾の位置に入れておく止め刺し用の実包で、ステンレス薬莢に銅の弾頭だが、先端がタングステンのチップで、着弾後に弾頭がやや変形する仕様になっている。
あり

なんか、ライフル弾ってすごくパワーのあるものだというイメージだったんですが……。

[鍋澤さん]

いや、散弾銃で撃つスラッグ弾も至近距離では威力があるんだけど、もちろん一定の射程距離を超えたら、基本的にはライフル銃のほうが力があるね。でも、その中でも大口径のライフル銃に比べたら、この6ミリはパワーが小さいんだ。……というか、狩猟で使って、その獲物を美味しくいただこうと思ったら、大口径主義は捨てたほうがいいんだけどなあ……。

あり

……??? それ、どういうことなんですか?

[鍋澤さん]

獲物を仕留めるために必要な弾の威力というのは、その弾がどこに着弾するのかによって違ってくるんだよ。胴体に当てるんだったら、それなりにパワーがないと半矢になってしまうかもしれないけど、そもそも肉や内臓に着弾していたら、それは美味しく食べることはできない状態だよね? だから、基本的には頭を狙う。その場合に着弾するのは、柔らかい肉ではなく固い頭蓋骨だから、必要最小限の威力で十分なんだ。確実に仕留めるのであれば、獲物の全体に伝わる衝撃は、少ないほうがいい。背骨とかに着弾すると、その衝撃が神経を通じて全体に伝わってしまう。これは解体したときにはわからなくても、枝肉で3週間も熟成させたあとでブロックに切り分けると、筋膜と肉の間にうっすらとうっ血が広がっていることがあるんだ。美味しくないのは当然だよね。ウチでは「美味しく食べるための狩猟」をしているわけで、だからこそ獲物の動きが止まった瞬間を狙って、確実にヘッドショットで仕留めたいんだよ。そのための合理的な選択が、この6ミリなんだ。みんな、いちど試してみるといいと思うんだけどね(笑。

あり

……ふむむむ……ちょっと次元が違いすぎて初心者にはイメージできないことばかりですが、威力よりも精度、ということなんですねえ……。いつか、そういう視点で狩猟ができるハンターになりたい……と思います!

[鍋澤さん]

いつでも弟子入り歓迎だよ(笑。


あり

……というわけで、ていねいに手入れされている美しい銃を見ながら、かなり奥の深いお話をうかがうことができました。というか、弾道学なんて正直まだよくわかりませんが(!)少なくともライフル銃の所持許可を申請するまでに10年間の経験と実績が必要なことは、よくよくわかりましたね。まだまだ勉強!

あり

そして、次回は北海道編の最終回、鍋澤さんの「北海道食美樂」が、食肉の生産者としてどういう姿勢で狩猟と向き合っているのか、狩猟後のお話から学ばせていただきました。お楽しみに!


鍋澤正志さん

なべさわ・まさし。日本初となるエゾシカ専門の食肉処理会社「北海道食美樂」創業メンバーとして、フルタイムで猟に出るミートハンター。食肉のプロとして射撃を極める64歳。