岐阜編の最終回は、山里の狩猟の現場から街場に戻って、岐阜市の中心部にある金華山についてリポートします。金華山の周辺では市街地にたびたび出没するイノシシを追って、行政や警察とともに、地元猟友会が駆除捕獲に緊急対応するケースが増えています。今回のご紹介をいただいた大野さんも、岐阜市猟友会の会長として対策に奔走されています。人と獣の境界線は、こんなに近いところにもあるのです。
3回にわたってご紹介した岐阜・板取の猟場の風景と、達人の教え、いかがでしたでしょうか。
さてその岐阜ですが、岐阜市には金華山という山があります。最初にお見せした航空写真でもわかるように、都市部の真ん中がいきなり山になっていてビックリ! 調べてみたら、JRや名鉄の岐阜駅からもほど近く、山頂には難攻不落として知られた岐阜城をいただく観光地で、満開のツブラジイが山を金色に染める初夏の風景や、展望台から眺める夜景の美しさで人気の高いデートスポットだそうです。古くは天領であり、その後も御料林、国有林の特別保護地区として守られてきた山は、人口40万人都市の市街地にありながら豊かに繁り、照葉樹林の最終型と評されています。……ね、勉強したでしょ!
ところが近年、この金華山周辺でイノシシの出没が発生しているんです! 本来この山には大型哺乳類はいなかったはずなのですが、長良川を渡ってきたのか、陸続きに迷い込んだのか……いつの間にか生息数を増やし、しだいに近郊での出没事例が増えてきました。もちろん人前に出没しても、驚いて森に帰ってくれればいいのですが、市街地や繁華街に隣接したこの場所では人身への被害が発生する可能性が高く、目撃報告を受けて駆除捕獲に出動することになります。
そんなお話を聞いたので、ちょっと金華山を見に行ってきました。
見に行く、といっても展望台までは金華山ドライブウェイを車で上れるのですが、もちろんハイキング気分で登山道を歩くこともでき、標高329メートルの山頂へはロープウェイも通っています。それにしても市街地にあるとは思えないほど、深い森! 葉の面積が広い照葉樹が多いためか、全体的に湿度も高い印象です。実はわたし、大学では森林を専門にしてまして……エッヘン! ともかくこの道が、ドングリのシーズンになるとタイヤが滑るほど実が落ちるということで、そりゃあイノシシたちにも最高の環境ですよね……。
これが第二展望台、通称「見晴台」から南側の風景。本当に街が近い! 北側にはすぐ長良川が流れています。その長良川を泳いで渡っていた、という目撃報告もあるようですが、駆除捕獲の個体からDNAを採取し、金華山のイノシシがどこから来たのかを探る試みもあるそうです。まあルーツがわかったからといって、増えすぎてあふれてしまったイノシシたちは、どうにかしないといけないんですけどね。遠くで見ている分にはかわいいけれど、近くで出会うイノシシは、なかなか危険な動物なんです……。
……と、金華山からの絶景に見とれていたら、大野さんから連絡が。昨夜の遅くに出没報告があり、緊急対応した駆除捕獲のイノシシを焼却処分するとのこと。どんな様子か、お話を聞きにいきます。
大野さん、深夜からたいへんでしたね。
まあ昼間もあるけど、夜中の出没も多いんでね。今回のはメスの成獣で、側溝にはまって身動きが取れずに暴れていたので、残念だけど止めを刺して連れてきました。ここが公営の火葬場です。岐阜市には野生鳥獣の処理施設がまだなくて、設置の方向で進んではいるんだけど、それまでは駆除捕獲の個体はペットの火葬設備を借りて処分しています。心情面や衛生面の配慮もあるので、搬送前に厳重に梱包して、段ボール箱に入った状態で担当の職員さんに引き渡しています。
かなりの捕獲頭数があると聞いていますが、生息数は減ってないんですね。
減らないねえ、なかなか……。ここは手をつけずに守られてきた山だから、条件がいいんだよね。金華山の山中での駆除捕獲も回数が多くて、搬出はなるべく目立たないようにやりたいんだけど、なにしろ年間を通じてお客さんの多い山だから……場合によっては登山道の脇をブルーシートで目隠しして運び出してますよ。ま、そもそも金華山の周辺は、まだまだ豊かな自然が残ってるんだけどね。ちょっと見に行きましょうか。
ぜひぜひ! お願いします。
ここが金華山の東のふもと、達目洞(だちぼくぼら)という地域で、岐阜市がヒメコウホネの特別保全地区に指定しています。咲いてるところを見てもらえてよかった! このヒメコウホネは環境省のレッドデータで絶滅危惧になっているんやけど、そのほかにも希少な動植物が残っている場所なんです。
キレイですねえ……。岐阜市は大きな街だけど、自然はまだまだ豊かに残っているんですね。
それがイノシシにもいい条件なんだよねえ……。このすぐ奥に民家があるんだけど、そこらにも来とるんですよ、イノシシが。
沼田場(ぬたば)ですね。人の住む家から100メートルくらいしか離れてないのに……。
この前までは使っていた沼田場だけど、乾いているから来なくなったんだね。でも、本当に近いでしょ? このほかにも人の近くに活動範囲がたくさんあるわけで、だからこそ野生鳥獣の管理が必要なんですよ。で、私はこのあと岐阜大学でのシンポジウムに出るんで、ここで失礼するんやけど……。
せっかくなので勉強させてもらいに行きます!
このあと、岐阜大学の野生動物管理額研究センターが主催する「野生動物捕獲の手法論と体制論」のシンポジウムにお邪魔してきました。発表はどれも専門性の高い内容なので、イノシシやシカに関連する部分だけ、ごくごくかいつまんで興味深かった一部を紹介すると……。
──平均気温や栄養事情などの外的要因で、イノシシの発情サイクルは変化する。現在では年に2回の性周期がある地域も多くなり、多産化の傾向も見られるので、短期的な生息数調査だけでは地域の生息実態の変化を追いきれない。(宇都宮大学・小寺祐二さん)
──設置わな数に設置日数を乗じた「わな日」単位での捕獲効率を上げるのが重要。獣道の中のポイントを見定め、暗視カメラによる自動撮影で誘因エサに対するシカやイノシシのアプローチを見切ったうえで、最大効率となるようにわなを設置する。(岐阜大学・森部絢嗣さん)
一連の発表を受け、猟友会を代表する現場の捕獲者として、大野さんの発言もありました。
猟友会も高齢化が進んで、新しいことを取り入れるのが難しくなっている部分もあるのですが、若い研究者の皆さんの成果をご紹介いただくと、例えば定点カメラの映像などは、ベテランの猟師でも「イノシシがこんなに親子で歩いとる姿は見たことなかったなあ」と、なかなか好評です。その一方で、行政の求める費用対効果の観点から、大型の柵などが設置され、それが自由な猟場を狭めているという現実もあります。私たちの本来の姿勢は「趣味としての狩猟の楽しみ」であり、駆除捕獲に駆り出される部分にはジレンマもあるのです。
また、駆除捕獲の対策を広域化する方向性については「山に入って、その山を熟知していない者が駆除捕獲に携わるのは、安全管理の点では大きな問題がある。実際にサルの駆除では誤射による事故事例も発生している」という指摘もされていました。
駆除であれ、猟期であれ、最も重要なのは安全の確保です。そのためには「もっと勉強しなきゃ! 山に行かなきゃ!」ですね。
以上、岐阜編はこれで完結です。お読みいただいてありがとうございました。次回は、長野に向かいます。どんな達人に会えるのか……お楽しみに!
ながや・ゆきお。1928年生まれ、86歳。狩猟歴60年の大ベテランながら、いまも山に入り続け、狩猟仲間から「板取のカモシカ」と呼ばれる。これまでに獲った獲物は900頭を超えている。
みやもと・いさお。1944年生まれ、70歳。仕事の関係で和歌山から岐阜の地に移り、かねて念願だった本格的な狩猟をはじめる。それ以来の右腕として、長屋さんとは長い付き合い。
おおの・やすふみ。岐阜県猟友会副会長(現・会長)、岐阜市猟友会会長。趣味の狩猟とは別に、金華山など岐阜市内での野生鳥獣出没事例への緊急対応も頻発し、個体数管理の施策でも多忙な日々。