写真と文章に動画を合わせてご紹介してきた京都の達人、宮本宗雄さんのスズメ猟の様子ですが、いかがでしたでしょうか? これまで見せていただいてきた全国各地の達人の猟場とは趣が違ったわけですが、網猟そのものに対しても、シカやイノシシや野鳥を獲る一般的な狩猟とは「イメージが違った!」と感じるか、それとも「まあスズメも獲るよね」と受け止めるか……実はこれ、地域差が大きいんです。
関西の読者の皆さんには「なにをいまさらいうてんねん!」と叱られそうなハナシですが、日本の一部の地域では、昔からスズメがよく食べられてきました。現在では愛知から滋賀、京都、大阪、それに四国の瀬戸内海側のエリアあたりを中心に残されている、伝統的な食文化のひとつです。今回はそんな話題を追って、全国3万社のお稲荷さんの総本宮である、京都の伏見稲荷大社にも足を運んでみました。
さて、狩猟の現場に戻って……網にかかった獲物のスズメは、1羽ずつ締めながら回収します。
けっこう網の細糸にからんでますね。
生きたままで網から外そうとすると、逃げてしまうでな。獲物をつかんだ手の親指の爪を腰のあたりに当て、背中側からピキっと背骨を折るんやで。
はい!(……とはいえ、わりと難しい……ピキっ!)
ひと網ごとに獲物を回収して、再び網をセットしなければなりません。その様子を見ていたスズメは寄ってこないので、ここは急いで作業します。……というか、じっと待っているか、小走りになっているか、その繰り返しが無双網です。意外にも体力が必要……。
ちなみに、新たに囮のスズメを確保する場合には締めないので、小さな鳥にもストレスのかからない、こんな持ちかたを。慣れるまでは囮として働いてくれないので、ある程度の二軍選手を確保しておく必要があるわけです。
集めた獲物は、日陰に並べておきます。小さな獲物は鮮度が落ちるのも早いので、速やかに温度を下げたいわけです。これはひと網の猟果ですが、無双網でのスズメ猟の場合、だいたいその場に来ているスズメたちの1割が期待できる猟果だそうです。この日の猟果は60羽ほど。宮本さんは、その場におよそ300羽と見当をつけていたそうなので、2割の猟果は好成績でした。
……で、このスズメはどうするんですか?
お、みやげに持ってくか? もちろん食べるんやけどな。
いやあ……こんな小さな鳥なんて、どうさばいたらいいのかわかりません! 残念ですが……
ほな、食べにいったらええわ。これ、お稲荷さんに持ってくんや。
……オイナリサン……?
……というわけで、千本鳥居で有名な伏見稲荷大社にやってきました。門前からして、このにぎわいです! 海外からの観光客、ほんとうにたくさん来ています。大鳥居の先に見えるのが桜門で、その両脇には「おキツネさま」が鎮座しています。神社なら狛犬が座るところですが、お稲荷さんの使いはキツネなわけですね。
そして本殿まで進むと、また左右にキツネが迎えてくれます。右側のキツネは、凛々しくすまし顔をしているのですが……
左側のキツネ、稲穂をくわえています! 実はこれが見たくてお稲荷さんまで来たわけです。伏見稲荷大社のご利益といえば、商売繁盛と五穀豊穣。その五穀でもっとも大切なのがコメなわけですが、稲作農家にとって大敵なスズメなどの野鳥を、おキツネさまが追い払ってコメを守る、ということのようです。でもまあ、お参りするだけでは秋の実りの時期に田んぼに寄ってくるスズメたちを減らせるわけではないので、農家の皆さんが自力でなんとかしてきたのが日本の歴史。現在では有害鳥獣の指定もあり、駆除捕獲の対象になっているスズメですが、稲作地帯では昔から獲られていたのです。
で、獲ったら……食べたいですよね?
そこで、伏見稲荷大社の門前に店を構える「稲福」さんを訪ねました。店名からして五穀豊穣な感じですが、こちらではスズメの丸焼きが人気です。かつてはこの門前、スズメの丸焼きを出す店が軒を連ねていたのですが、ある時期に中国や韓国からの安価な輸入スズメに切り替わり、その後に品質問題が発生して、スズメの丸焼きが姿を消しそうになりました。その中で「稲福」さんだけが、かつての国産スズメを復活させるべく猟師を探し求めて、宮本さんにたどり着いたのだそうです。現在の門前で、スズメの丸焼きは「稲福」さん1軒だけ。そして、そのスズメの仕入れ先が、京都府内ではもう宮本さんだけになりました。あとは他県に数名の猟師さんがいるそうですが、それほど獲れてもいないようで、いまや貴重な珍味です。
スズメは狩猟なので、猟期限定の冬場の味で「寒スズメ」と呼ばれ、昨年までは500円だったのが、値上がりして600円になりました。ほかに養殖のウズラもあり、通年で提供されます。
軒先でモウモウと香ばしい煙を立てて焼いている光景に「あ、スズメだ!」と思ったあなたは……
残念でした。こちらはウズラです。ウズラにも品種の違いで大小がありますが、スズメはもっと……極小です(笑。
ハイ、こちらがスズメの丸焼き! 手前にあるのは「骨抜き」と書いて「つぼぬき」と読ませる、骨を外して食べやすくしたウズラです。スズメは骨ごと、頭ごとの丸焼きですが、それでもウズラの半身ほどのサイズです。甘辛のタレにくぐらせながら焼いて、山椒を振っていただきます。
焼き上がったスズメは、串を手に取って頭から! このディテールが苦手な人もいらっしゃるとは思いますが、パリパリとした骨の中からジワっと出てくる脳みその旨味は、まさに珍味です。それにしても小さく、肉もちょっぴり……ということで、お稲荷さんならではの稲荷寿司といっしょにいただきました。
ちなみに、隣のテーブルに届いたウズラがこちらです。大きいなあ……。
スズメの丸焼きに舌鼓を打ちながら、宮本さんのお話を思い出していました。
子どものころから親に連れられて、見よう見まねで覚えたという網猟ですが、いまや地域の文化としては、それを伝えていく環境はなくなってしまいました。お子さんのいらっしゃらない宮本さんにとっては、千松さんのような若手の網猟師が、もっと増えてもいいのになあ……という想いがあるそうです。
「いつでも来たらええねん。なんでも教えるし、やらんとわからんからなあ」
ニコニコと笑いながら、宮本さんは今日も、囮のスズメたちの世話を焼いていることでしょう。
みやもと・むねお。日本で唯一、猟法別支部である「京都府猟友会甲種支部」の支部長として、会員約30名の網わな猟を指導。自身は少年期から、父親ゆずりの鳥猟を続ける72歳。