VOL.2-3

この地域の猟師は600人ですが、昨シーズンは1万頭に近いシカを獲りました。[長野編:3/3]

2014年11月4日

たっぷり50発の射撃練習を終えて、ひと休みのあと──実は今回の取材ではもうひとつ、ぜひともお聞きしたいことがありました。竹入さんが会長をされている上伊那猟友会では、狩猟者に向けて、わな技術のDVDを制作しています。その内容が実にオープンで役に立つと、高い評判を聞いていたのです──。


あり

ここにおじゃまする前にすごいインパクトがあったのが、上伊那猟友会で出されているDVDの話だったんです。狩猟に限ったことではありませんけど、達人の知恵って、しばしば「門外不出」とか……そんなこともありますよね。それがオープンになってるのって、ホントにスゴい……。

[竹入さん]

それは『わなのしかけかた解説DVD』の話ですね。実は上伊那猟友会のDVDのシリーズは、いちばん最初は解体のマニュアルを作ったんです。例えば山でシカなんかを獲っても、屋外で内臓を出したら、それを精肉の販売用として処理業者に持ち込むということはできないですよね。長野県のガイドラインとして、解体は許可を取った施設の屋内でしなければならないわけですから。放血までは屋外でも可能だけれど、内臓摘出からは解体になるので屋内で、という基準になっています。ところが内臓を出さないままで解体施設に獲物を持ち込むと、それは肉の鮮度が必ず落ちる、ということでもあるわけです。とはいえ山の奥で獲ったものを、すぐに解体施設に持ち込めるわけでもないし。……そんなことで、実はきっかけは、内臓だけ出した獲物を取り扱うのを認めてもらえるよう長野県の基準を変えてほしいということで、県の「信州ジビエ解体マニュアル」に沿って現場での解体マニュアルを作って、全員が「それでやるから」という話で県の保険局に許可を求めるためのDVDだったんです。

[編注]このマニュアルが『自家消費のための解体処理作業編──信州ジビエ衛生マニュアルに基づく』になっている。前述の『わなのしかけかた解説DVD』とあわせ、長野県営総合射撃場のウェブサイトで注文が可能。
http://www.keneishajou.jp/
あり

へえ~。そんな動きがあったんですか。で、結果は?

[竹入さん]

いや、変わってないんだけどね(笑。北海道でも同じような事例があったそうだけど、許可にならなかったんだよね……。それはともかく、いま長野県では特定鳥獣保護管理計画を5年ずつ実施していて、ニホンジカは平成23年4月からの第三期目なんだけど、それぞれの期で県から上伊那の地区に要請されてくる捕獲頭数が、だいたい年間1000頭で推移してきていたんです。それが第三期になったら「実は県の生息数調査が間違っていまして……」ということで、1000頭だったのが急に5600頭という、とてつもない数字に変わったんですよ。そういわれても、上伊那の全体で猟友会の会員が600人くらいですから、一所懸命に銃で獲ってもだいたい4~5頭で、全体で3000頭も獲ったらギブアップなエリアなんです。それをなんとか5600頭にする要望になったわけで……。

あり

うわあ。それ、たいへんでしたね……。

[竹入さん]

そんな倍に近い数字はとても無理だと思ったんですが、わな猟ならいけるかもしれないぞ、と考えたんです。幸いこの地域には卓越したわな猟師もいまして、たまたまその2年ほど前から、新しいわなを開発してほしいとお願いをしていましてね。その新しいわなというのは、実はたくさん獲るための改良ではなくて……これまでのバネの強いわなだと、キノコ採りの高齢者などが万が一にもかかってしまったときに自力で外せないので、山から帰って来られなくなることもあったわけです。わなの機構を知ってる人なら止めネジを外せますが、構造を知らないと、力で引っ張っても外れっこないですからね。そこで高齢者の皆さんと実験を重ねました。

高齢者の場合、わなにかかって座り込んでしまうと、手を使ってものを引っ張る力は、もう5~6キロしか出ないんですね。立っていれば10キロ前後の力が出るんですが、5〜6キロではわなのバネを押し戻すには足りない。それに対応して簡単に外せる、つまりバネの力の弱いわなを作るというのが改良のねらいだったんです。もちろんわなをセットするためにバネを押し込んでいくのも、圧倒的に軽い力でいいわけです。ところが弱いバネだと、獲れる率がとても低いんですね。獲物が踏んで、驚いて脚を引くまでに、強いバネだとわなの作動が速いのでくくれるのですが、その動きが遅いので、獲物を逃がしてしまう。試作していたわな達人も「こんなんじゃダメ!」といい続けてて、とにかく獲れるわなにしてほしいということだったんですが……。

ところが県の要請で5600頭も捕獲しなければならないことになり、銃ではとても無理だから、なにがなんでもわなで獲ることにして、試作段階の中途半端なわなでも大量にしかければいけるんじゃないかと、支部から60人くらい集めて、流れ作業で簡単なわなを作ったんです。それで一帯にしかけて、その年に7300頭を獲ったんですが……。

あり

おおおおお~!

[竹入さん]

その次の年が8000頭を超えて、去年は1万頭弱でしたね。この数字をわな猟で達成したわけですが、とにかくわな猟の技術をどんどん広めてやらないと実現できないわけです。キノコの在り処みたいに「大事なところはちょっと隠しておいて……」とか、そんなことやってたら絶対に獲れるわけがない。だから研修用の動画を作って、それできちんと教えたら捕獲ができるようになるだろうと、ノウハウを全部オープンにしたんです。こんなことまで公開するのはイヤだという人もたくさんいたんだけど、まあ一回やってみて、それでも獲れない人は獲れないんだし……ということで、ね。

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[竹入さん]

それですごい頭数を獲るようになって、その動画を岐阜の大野さんのところとか、北海道とか、各地で見てもらったりするようになって。最近は福井とか山梨でも興味を持ってくれて、講演に行ったりして、ずいぶんと広まってきたんです。このわなを大量に設置する方法は捕獲の効率もいいんですが、自分たちで作ったわながへんな方法で使われて、効果が出ないどころか「ヘボいわなだ」といわれるのもイヤなんでね、それもあってオープンに……。とにかく駆除捕獲では、大量に獲らないとしかたがないですからね。

あり

なるほど〜。でも、なかなかできないことですよね……。

[竹入さん]

それよりもいま、あっと驚くほどの新しいわなが開発中なんです。いまのわなは、獲物がかかって脚をくくるまでに、ワイヤーを75センチから80センチくらい引いてるわけだけど、そこが安全を考えた弱いバネだとワイヤーを引くのに時間がかかって、獲物が逃げることもある。そこで弱いバネでも捕獲効率が落ちないように……

あり

(……ここからしばらく、開発中のわなのしくみに関する話が続きました。まだまだ改良される部分もあるわけですし、完成したらまだ気前よく公開されると思いますので、それまでしばらくお待ちください!)

[竹入さん]

……そんなわけで、この地域では実際に野生鳥獣被害に対する駆除捕獲の効果も出ているわけで、地元の農家さんからも「ずいぶんやられなくなった」といわれるようになりました。

あり

ちゃんと効果が出ている、というのは、よその地域ではなかなか聞けない評価ですね。技術の公開もそうですけど、猟友会の支部としては、先進的な取り組みかたをされているんですね。すごく勉強になりました。ありがとうございました!

[竹入さん]

ま、どんどんやってかないとね。それにこの支部は、いまや炊き出しやゴミ拾いのボランティアでも、稼働率がすごく高くなったんですよ。最初はブツブツいってた人も、いまはみんな出てきますよ(笑。

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あり

……というわけで、とっても前向きな取り組みのお話から、ちょっとナイショのお話しまで(笑)いろいろと興味深くうかがうことができました! 高齢化が進んでいるといわれる狩猟界のなかでも、リーダーシップをとる人の発想が柔軟なのは、なかなかスゴいことですよね。

で、お話だけなのもなんなので……上伊那猟友会のDVDから、特別に『わなのしかけかた解説DVD』の場面を、少しだけお見せいただいちゃいます!

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あり

わなのしかけかたの基本として、獣道のどこに設置するかのポイントや、わなの隠しかた、臭いの処理など、ていねいに解説されています。初心者が設置する場面では、忘れがちな注意点もよくわかりますね。

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あり

で、こちらが「わなを知らなくても安全に外せる」よう、弱いバネを採用したからこその、外しかたの解説。駆除捕獲では面として大量設置をはかる必要もあり、この安全対策は不可欠だ、というのが竹入さん率いる上伊那猟友会の考え方だそうです。なるほど〜。

あり

以上、このDVDで学びたい!という人は、ぜひ取り寄せてみてください。長野県営総合射撃場のウェブサイトで注文できます!
http://www.keneishajou.jp/


あり

さて、楽しく取材を終えた帰り道……。ちょっと寄り道して、諏訪大社に向かいました。

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あり

信州地方は、最近のジビエ利活用でも先進的な取り組みの多い地域ですが、それは歴史的にも狩猟肉の食文化があった土地柄だからなんです。で、日本の肉食の歴史というと「生類憐みの令」とか、仏教の視点から肉食が禁じられ、一般的にも忌まわしいものとして避けられていた印象があったりしますが、実はそうでもなかったんですね〜。江戸時代には滋養強壮のための「薬食い」と称して、シカやイノシシを食べる文化がちゃんとありました。まあ実際には病気とは関係なく、こっそり楽しんでいた庶民が少なくなかった、ということなんです。で、そんな人たちが頼りにしていたのが、わたしたちの大好きな「神頼み」という考え方! ここ諏訪大社では、そのための免罪符を、いまも分けていただくことができるんです。

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あり

ジャーン! これがその「鹿食之免」です! これ「かじきめん」と呼ばれるのですが、シカ肉を食べてよし、というお墨付きの御札には、そのための「鹿食箸」も添えられています。わたし、まだいただいてなかったので(もうずいぶんと食べているんですが!)今回はいい機会と、お参りしてきたわけです。

あり

皆さんもいちどお参りしておくと、野生のお肉がもっと美味しくなるかもしれませんよ! 長野編はこれで終了ですが、次回は四国、徳島県に飛んでいきます。ではまた、お楽しみに!


竹入正一さん

たけいり・まさかず。1944年生まれ。長野県猟友会副会長、上伊那猟友会会長。長野県営総合射撃場の管理者を務めるかたわら、年間3〜4万発という驚異的な弾数を撃ち続ける、まさに銃を抱いた70歳。