VOL.1-2

よし、山で生きよう……期せずして訪れた転機は、天性の〈山勘〉に支えられた。[岐阜編:2/3]

2014年9月22日

板取から少しだけ郡上に入り、山道を上ってもういちど板取に。長屋さんの狩り場をご案内いただきます。道中、狩猟者になったきっかけなど、ちょっと意外なエピソードもうかがえました。それにしても長く狩猟を続けられた達人のお話には、野生鳥獣が増えたり減ったり、狩猟を取り巻く環境が変わったり、いろいろと興味深いことばかり。そして、そんな歴史の中でも変わらないのが、山の懐の深さです。


[長屋さん]

この山の、あの峠をずーっと狩るんだよ。

あり

うわあ、あの峠ですか?(……と、かなりの遠方を見上げながら)まずあそこまで上がるのがたいへんですね。すごいなあ。軽くサワリの部分を堪能させていただければ満足しますので……(笑。

[長屋さん]

ま、あそこから走って追ってきて、ここで撃ったこともあるけどなあ。

あり

長屋さんは、ずっとこのあたりの山で狩りをされてきたんですね。ふだんは宮本さんとご一緒に……巻き狩りは何人くらいでされているんですか? それに、お仲間に若い人っていらっしゃるんですか?

[長屋さん]

まあ目隠しされて、ヘリコプターでその辺の山に降ろされても、どこにいるかわかるなあ。私らは、もともとは二人か三人なんだが、あんまり大勢だと、事故が起こるのもダメなんでね。でも最近は「来る者は拒まず」で、やっとるけどね。まあ実際の狩りを見てもらえばわかるんだけど、もはや50代の人が若い方だね。うちの息子も、足は速いし体力もあるんだけど、仕事もあるし、子育てが落ち着くまでは……ねえ。

あり

まさに野生の勘ですねえ。その、山の道を覚えるのって、なにを見ればいいんですか? 木とか……。

[長屋さん]

いちばん目安になるのは、向こうの山。なるべく遠くの、山の端の形だな。曇り空でも東西南北がわかることが前提だがな。ワシは他のことはあまり勘がいいとは思わんのだが〈山勘〉だけはあったんだなあ(笑。

あり

お日さまが出てればわかるんですけどねえ(笑。それに、北海道みたいに広ければともかく、本州の山はどこも急で、近くて、難しいですよね。

[長屋さん]

まあ、それでも高い低いはあるでな。富士山から見ればどの山も下にあるわけで、なるべく高い山を探すことだな。

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[長屋さん]

あそこにちょっと見えてるのが、木曽の御嶽山。こっちが南アルプス。

[宮本さん]

で、あれが高賀山や。1224メートルな。ここは700メートルくらいな。

あり

あの……板取はこっち側で、向こうが郡上……なんですよね? なかなか難しいですね。

[宮本さん]

そりゃ難しいよ!(笑。この道はあっちから上ってきたんやけど、まわりの山を見て、それをぱっと覚えんと、自分の場所を見失うようになる。それが〈山勘〉や。いま自分がどの山を通ってきたのか、いっぺんで無理でも、繰り返して覚えることやな。まあ猟師の中でも、できん人が多くなったけどなあ。


[長屋さん]

ここらの道はサルの糞がいっぱいあるでな。まあ人間の糞と同じだが、いまの時期は食べるもんの影響で、緑色だな。クマはだいたい木の実があるでわかるし、イノシシはコロコロで……。

あり

このあたりのイノシシの食性って、どうなんですか? イノシシって環境によって食性が変わって、それで味も変わると聞くんですが……。

[長屋さん]

そんなに草食に偏ってるわけでもなく、ミミズも虫も、蛇も食べとるな。このあたり、板取のイノシシは、昔から郡上のイノシシよりも美味いといわれていい値がついたわけだが、エサがいいんだろうなあ。

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あり

食べ方はどうやって……。とくに駆除の時期の、脂の薄い夏イノシシなんかは、どう食べるんですか?

[長屋さん]

冬場はほとんど味噌仕立ての鍋だが、すき焼きでも焼き肉でも美味いわな。春や夏のは……こないだ小さいのが箱わなに何頭か入ってたのは、枝積みにしてしばらく下味を付けて、スペアリブにしてな。冬と比べたら脂は少なくて、脂が好きな人にはちょっともの足りんかもしらんけど、料理の仕方でちょっと手を加えて、なかなか美味いもんや。


あり

これ、すでにかなりの移動距離になってるんですが、いつもの見切りはどうやって……。

[長屋さん]

みなが集合する前にひとり車で回っててな、それでウチに集まったところで相談だね。

あり

それで「今日はここから攻める!」と決めるんだ。その〈獲る過程〉が面白いんですね。

[長屋さん]

そうそう。それで、獲ったあとはウチに持ってきて腹を出して、水で冷やして解体だね。

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[長屋さん]

ここらへ来ると、シカの足跡は必ずあると思ってな。

あり

けもの道になっているわけですね。シカたちの毎日の巡回ルートというか。

[長屋さん]

猟で追われると来るし、追われなくても通る道やな。そんな獣道を追ってるうち、尾根筋のこういう道だと自分のいる場所もわかりやすいんだが、ここから斜面を降りてくと、わかんなくなるんや。

あり

……斜面、急ですものねえ……こういうとこ、降りてるんだ……。足もともしっかりしないと。

[長屋さん]

この辺は土が薄くて、下はすぐ岩になるんだが、自然の木が密生していて根が強いんで、表層滑りはおきにくいんだな。木がちゃんとしてれば崩落はせんのよ。植林地が、いちばん崩落するもんでな。

あり

このへんは雪はどうなんですか?

[長屋さん]

まあ3~4センチも積もったら、軽トラで走ってるだけで山道の運転が上手くなるなあ。

あり

あー、私ちょっとイヤですね、それ。怖くて……。

[長屋さん]

こないだのテレビの取材の人らも「うわ~! 落ちる~!」って叫んどったなあ(笑。

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[宮本さん]

これならようわかるやろ。シカの足跡や。

あり

あ、ホントだ! すごいわかる!

[宮本さん]

タクワンがふたつ、な。カモシカやとまた違うんやけどな。

あり

なるほど~。こっちが前で、あっちに向かっているわけですね。これ、新しいんですか?

[宮本さん]

夕べではないけど、古くはないな。このあたりがいちばん獲れるとこや。まあこないだ、今年になって初めて逃したけどな。早かったわ(笑。

[長屋さん]

ワシも若いころにゃ、あの山の頂上に獲物を見つけて、その下まで車で行って、1時間で走って上ったもんだけどなあ。

あり

それはシカ並みですね。それで「板取のカモシカ」なのか……。

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あり

ところで、長屋さんが狩猟をはじめたきっかけはなんだったんですか?

[長屋さん]

もともとこの板取の生まれで、それが名古屋で映画会社に入ったんだが、暮れの休みの前に急に熱が出てな。名古屋から岐阜まで帰ってくるのも精一杯で、39度7分あったわ。実は肺に水が溜まってて……それから1年なんにもできずにいたんだ。そんなことで、子どものときから山も川も好きだったし、諦めて家にいて、親父に「オレ、猟師やるで」と。

あり

それじゃあ趣味としての狩猟をした時期は、なかったってことですか?

[長屋さん]

いや、もちろん趣味だったよ……ま、ちょっとは。それが本格的に猟師をはじめて、その年にヤマドリを1日で20羽も撃ったのが最高でな。というのも、その昔に休みの日で山に入って、仲間がヤマドリを獲ってきたのに、こっちは弁当も持たずに朝から晩までかかって、やっと1羽だけ獲って帰ったらみんなに笑われたのが、まあ悔しくてなあ……。それでなんとかそいつに勝とうと思って、まだ暗いうちから小田原提灯で山に入ってな、獲物が狙える場所まで先回りして、日の出を待ったりしたもんよ。

あり

お〜、忍びですね。

[長屋さん]

そうやって最初の年はヤマドリ猟でがんばったんだけど、冬になって山仕事で行ったときに、犬がイノシシを見つけてな、それで味を覚えて、イノシシばっかりになったんだな。そのうちにイノシシの値段がどんどん上がって「今年で獲ったいちばんのヤツ、ぜひウチにください」なんて言われるようになってなあ。もともと安い肉ではなかったけど、板取のイノシシの味の良さが知られるようになったんだな。それでイノシシのブームが来て、ほかの仕事よりも稼げたなあ。岐阜の池田に花街があって、そこの料理屋さんからは「今年一年のイノシシ、全部ください」なんて頼まれたわ。

あり

なるほど。そんな時代もあったんだ。

[長屋さん]

ま、昔の話ばかりでもしょうがないから、もう少し見て回ろうか。

あり

はい、お願いします。


このあと、イノシシの沼田場(ぬたば:動物が泥浴びする場所)などを見せていただきながら、達人の狩猟哲学についてもうかがうことができました。狩りガールの取材は、まだまだ続きます。


長屋行雄さん

ながや・ゆきお。1928年生まれ、86歳。狩猟歴60年の大ベテランながら、いまも山に入り続け、狩猟仲間から「板取のカモシカ」と呼ばれる。これまでに獲った獲物は900頭を超えている。

宮本勲さん

みやもと・いさお。1944年生まれ、70歳。仕事の関係で和歌山から岐阜の地に移り、かねて念願だった本格的な狩猟をはじめる。それ以来の右腕として、長屋さんとは長い付き合い。

大野恵章さん

おおの・やすふみ。岐阜県猟友会副会長(現・会長)、岐阜市猟友会会長。趣味の狩猟とは別に、金華山など岐阜市内での野生鳥獣出没事例への緊急対応も頻発し、個体数管理の施策でも多忙な日々。